ヤクザの出所祝い
私がまだ研修生の頃の話です(当時使われていた言葉で新入社員から副店長までを指します)。
当時のファミレスはほとんどが24時間営業でした。私が2番手として勤務していたお店も24時間営業で、店長は昼の9時から21時、私は夜の21時から9時のシフトを担当していました。そのお店は刑務所がそばにあり、またその受刑者の出所は月に2~3回あって、一般の方に迷惑のかからないよう、その当時は月曜の朝5時だったと記憶しています。ですから日曜日のシフトはいつも憂鬱でした。朝4時ごろに店の前の道路を黒いベンツが何台も通ると危険です。幹部クラスの方の出所だからです。また慣れてくるとこの予測結構当たります。
幹部クラスの方の出所の場合、5時半過ぎにバスが駐車場のど真ん中に止まり、50人ぐらいの構成員の方がパッと下車して店内に一気に入ってきます。その時間ですから店内には4~5組のお客様しかいらっしゃいませんが、心得たもので皆さんさっと会計を済ませ退店します。あっという間に、各テーブルに1人ずつの構成員の方が着席してダイニングを占拠しています。ほどなくしてベンツが玄関に横付けされ、出所された方と幹部の方が入店されるのですが、先に入った構成員の方が既に上座を決めていて、構成員の方に案内されそのテーブルに着席します。
はじめての時はわけがわからずただ早くメニュー持ってこい、お冷はまだか、早くオーダー取れとひたすら怒られていましたが、何回か対応していくうちに、トップの方を見極めて、そして何をやるにもまずその方から対応していけば大事には至らないと言うことを学習しました。
ですから着席した瞬間にトップの方にお冷、おしぼり、メニューをお持ちします。その後に他のテーブルにメニューをお持ちするのですが、トップの方のテーブルに呼ばれたらすぐに対応しなければいけませんので、他のテーブルのお冷等を提供する時間はまずありません。なぜなら営業は「私1人」だからです。結局お冷もおしぼりもほとんどの方はセルフになっていました。
ほどなくして上座のテーブルにオーダーを呼ばれ取りに行きます。終わるとすぐ隣のテーブルでオーダーを呼ばれます。あるテーブルのオーダーを取り次のテーブルのオーダー取っていると、取り終えたばかりのテーブルから料理はまだかと怒られられます。当時はハンディーターミナルではなく手書き伝票ですから、一度キッチンにオーダーを通しに行かなければなりません。続けて取っていますから当然キッチンにオーダーは通っていないのですが、少しお待ちくださいとしか言えません。
そして一通りオーダーを取りキッチンに通しに行くのですが、ここにまたポイントがあって、どの伝票のどの料理から作れば良いか間違いなく伝えないといけません。順番としては出所された方、幹部の方、その他の方なのですが、これを外すとものすごい罵声が飛び交います。今の時代のカスタマーハラスメントとは全く次元が異なります!!
さて50名分のオーダーは取り切りましたが、私1人ですから通常のサービスなど到底できるわけはありません。かろうじてできるのはトップの方のテーブルのサービス位です。では何をするのかと言うと一般の構成員の方に、お冷とおしぼりはこちらにございます、コーヒーはこちらのウォーマーで下にコーヒーカップがございます、ビールサーバーとグラスはこちらにございますので、どうぞご自由にお使いくださいとお伝えするのです。そしてお伝えした後は、構成員の方にビールの注ぎ方、コーヒーの落とし方などをレクチャーするのが私の仕事となります。「しょうがねぇなぁ」と言いながらも皆さん積極的に協力してくださいました。本来でしたらお客様にこのようなことをさせては絶対にいけないのですが、1対50ですから、結果的にすべてセルフとなってしまうのです。
ちなみに当時はドリンクバーなど当然ありません。ドリンクは全て接客員がテーブルにお持ちし、コーヒーのおかわりも接客員が回っていた時代です。私はすでに38年前のファミレスにおいて、「ドリンクバーオペレーション」を行っていたと自負しています!!
そうしているうちに料理が上がり始めますが、料理提供についても私はトップの方の料理は運びますが、それ以外の方の料理はやはり構成員の方にお任せするしかないのです。そのためデシャップに上がった料理を各伝票ごとにまとめそのテーブルの方にお預けするという、いわゆるデシャップコントロールを行います。
そして料理提供が終わり生きた心地のしない接客も1段落すると、今度はお祝いのスピーチの時間が始まります。おとなしく聞いていることより構成員の方から「いいか、皆が拍手したらお前も拍手するんだぞ、そして皆がおめでとうございますと言ったらお前もおめでとうございますと大声で叫べ」と言うような指示をいただき、協力したことの方が多かったように思います。ある意味同化していました。
そして会計なのですが、結局何をどれだけ提供したかなどほとんどわかりません。ですから概算で請求していました。50名だとするとビールが50人× 2杯で100杯だから50,000円くらい、コーヒーが50人だから50杯として15,000円くらい、料理が1000円の50人前だから50,000円くらい、合計115,000円だから余裕をもって130,000円くらいでいいかなという感じです。でもお金払いだけはものすごく良くて、「何それだけでいいの、これ迷惑料取っておけ」と、更に20,000円~30000円多くいただくことがよくありました。迷惑料については店長公認の下に私のものとなっていましたので、その時にお付き合いしていた彼女とよくフレンチの専門店に食事に行っていました。
また半年、1年と続けていると「よっ兄ちゃん、また来たよ」など声をかけられるようになり、それなりに可愛がっていただけるようになりました。またお店で酔っ払いが騒いでいるのを見かけると、あっという間にどこかに連れ去ってくれることもありました。そういうお客さんは二度と来店されないので、今思うとお仕置き?されていたのではないかと思います。また「来週〇〇組の〇〇さんが出てくるからよろしくな」などと言っていただくことで予定が分かるようになり、人間関係その他でオペレーションが楽になったのを覚えています。
そのお店に2年半副店長として勤務し、次のお店は店長に昇格しての転勤となりました。1番うれしかった事は、店長に昇格したことではなく転勤できたこと、「出所祝い」をしなくて良くなったことだったのを昨日のように思い出します。
ちなみに私が勤務していた2年半、フードコストは安定していたと思います。