出来事エピソード5

姐御さんとの思い出

 まだ暴力団対策法が施行されていなかった、平成初期の頃の話です。

 お客様で〇〇組の幹部の方の奥様がいらっしゃいました。私が前任店長とお店の引き継ぎを行っていた日に、ちょうどそのお客様が客席にいらしたので、前任店長と私とで客席にご挨拶に伺いましたが、やはり普通の方とはちょっと違う印象を受けました。私が30代半ばで姉御さんは50代半ばから後半ぐらいだったと思います。

 毎日のように来店される常連のお客様で、他のお客様と同じように接していたのですが、ある時呼ばれ客席に伺うと「高菜を食べたら石が入っていて、それを噛んだら歯が欠けたので保証してくださる?」と言われました。石と歯のかけた部分は飲み込んでしまったということでした。

 その時私もついにはまったと思いました。当時の苦情と言えば、ヤクザとのトラブルがほとんどだったからです。その日は、上司に報告して改めてご連絡いたしますと伝え終りました。その後上司に報告したところ、とりあえず私が、先方が望まれていることを聞くようにと指示をいただいたので、とりあえず私1人で対応することとなりました。

 翌日その姉御さんが来店されたので、改めてお話をお伺いいたしますと伝えると、「では今度私のマンションに来てくださる?」と言われましたので、とても抵抗がありましたが、結局伺うことになりました。

 そして姐御さんのマンションに伺ったのですが、居間には龍か虎かはっきり覚えていないのですが立派な掛け軸が飾ってあり、虎の剝製もありました。リビングもかなり重厚な感じで威圧感を感じたのを覚えています。いろいろな話の中でとても立派な火鉢があったので、素晴らしい火鉢ですねと伝えると、〇〇万円だったかしらなど、その他の物品についても、それぞれの言われやいきさつを話されていました。

 反社会的勢力の方のご自宅を訪ねるのは初めてだったので、とても緊張しており、会話の内容はあまり覚えていないのですが、この日は苦情についての具体的な話はなく、ただ「今度買い物に付き合ってくださらない」、と言われたのを覚えています。この時、私はこれで終わりにしたいと言う気持ちだったのを、あっさり打ち砕かれていました。

 帰ってきてこれを上長に報告すると、とりあえず買い物に付き合ってくれと言う指示でした。令和の現在に於いては考えられないような対応です。苦情対応についても、当時はとにかくヤクザ・一般のお客様を問わず「お客様は神様です」が根本的な考えでしたので、かなりお客様に振り回されている時代でした(カスタマーハラスメントという概念が認知される30年前です)。暴対法もまだなかったので、反社の方たちは組の名前を出したり、組の名前が入った普通の名刺より一回りは大きい名刺を出して威圧したり、「若い衆が何するかわからんで」と言ったりなど、とにかく脅しのかけ放題だった時代です。また私も純粋にまた単純に「店長は自分の店は命をかけても自分で守る」を信念として持っていましたので、とにかくすべて自分で解決しなければならないと思っていました。

 そして買い物の当日、何をお買いになるのだろうと、結構ドキドキしながらお付き合いしたのですが、なんとスーパーに食材を買いに行くような、普通の買い物でした。吉祥寺に行ったのですが、立ち寄る店々で「〇〇さんいらっしゃいませ」と名前で呼ばれているのが印象的でした。また歩く時は、私の腕に手をかけてまるでカップルのように歩かれるので、かなり抵抗感があったのを覚えています。

 姉御さんが向かうお店の先々で、姉御さんが入店するとアルバイトの方はすっと下がり、店長らしき人が必ず出てきて対応しています。また私に対しても、どこのお店も必ず満面の笑みを浮かべて声をかけてきます。今思うと間違いなく愛想笑いだったと思いますが、どこのお店でも私も常にVIP待遇でした。一緒に買い物していた4~5時間の間、「肩で風を切って歩き、周りの人たちを威圧することで快感を感じる」その一端を経験したような気がしました。今思うと私は若いツバメのように見られていたのだと思います。この時も結局高菜の苦情については何も話さず、ここのたこ焼きがおいしいとか、ここのホッケ(魚ですね)が最高なのと、たくさんのお土産をもらって帰ったのを覚えています。

 その後また何度かマンションにお伺いしている中で、公私共にいろいろな話をして(話をされて)、それなりにかなり打ち解けてきたと言うのはあると思いますが、ついに苦情についての話がありました。「会社に慰謝料50万円請求してあなたと私で山分けしましょう」と言う提案です。また「慰謝料のぼったくり方法」などもレクチャーされました。しかし私もさすがに会社を裏切ることはできません。この件を上長に伝えると、それまで全て私1人で対応させ、何もしなかった上長がさすがにやっと動きました。

 しばらくして上長から連絡があり、「姉御さんに業者から話をさせたいのでアポを取ってくれ」と指示をいただいたので、姐御さんとアポを取りました。そしてその当日、私のお店に来た業者とは高菜を作っている業者さんでした。以降は姐御さんと高菜の業者さんとのやりとりで、私は一切関知していません。後に聞いた話なのですが、高菜の業者さんが姐御さんに〇〇万円支払ったということでした。

 ちなみにその時の私の上長だった方は、数年前まで関連会社の社長をされていました。私へのむちゃぶり的な指示業者への丸投げなど、世の中をうまく泳ぐ術を知らないと出世はできないのだと、つくづく思う出来事でした。

 それ以降も姐御さんは、相変わらず毎日来店されていましたが、私は転勤するまで問題なく過ごすことができました。今でもあの半年間の出来事はフィクションだったような気がしますが、半年で10Kg以上痩せたのは事実(ノンフィクション)です。