価値観を共有すること
あるお店にW君という20歳のフリーターの男の子がいました。キッチンで勤務していて1日8時間勤務するフルタイマーでした。遅刻等も全くなく、とても真面目に勤務しているのですが暗い感じで笑顔もほとんど見たことがなく、また相手の目を見ての挨拶もできませんでした。
その子は早番で午前7時から午後16時までの勤務でしたので、私が午前10時に出勤したときにはちょうど食事の時間に当たっていました。毎朝「おはよう」と声をかけると必ず「おはようございます」と返してくれるのですが、私の目を見て挨拶することはせず、いつもフォークを持ちながら、食べている食事のお皿に向かって挨拶をしていました。一生懸命仕事しているのに、皆さんからはあまりよく思われておらず、また楽しそうに仕事してるようにも見えませんでした。また何か自分の殻に閉じこもっているようにも感じました。どうせ仕事するなら、もっと楽しく仕事をしてもらいたい。また皆さんが持っている印象を変えるために、まずは目を見て挨拶できるようにしてあげたい、そう考えました。
どうすればいいだろうと悩んでいた時、彼がAKB48が好きだと言うことを他のクルーさんから聞きました。「よし、これだ!!」、私は早速勉強に取り掛かりました。勉強とはすなわちAKB48をよく知ることです。その当時AKBINGOと言うテレビ番組が午前0時ごろから放送されていました。私の大学生だった娘が毎週見ていたのですが、それから私も一緒に見るようになりました。娘に「指導」をいただき顔と名前を覚えるのですが1週間経つと忘れてしまい、いつものように「この子可愛いね」、「この子名前なんていうの」と質問していると、「パパもう3回目」と嫌味を言いながらも何度も名前を辛抱強く教えてくれ、また「パパってDDだよね」と言われ、DDって何と聞き返すと「誰でも大好きってことだよ」と教えてくれたりと、そんな専門用語を理解しつつアッという間に1ヵ月が経ちました。おかげさまであっちゃん、ともちん、まりこさまなど個別に名前を覚えることができ、いわゆる「神7」を理解することができました。
そしてある木曜日10時に出勤すると、彼はいつものように食事をしていました。「おはよう」と声をかけると、いつものように「おはようございます」とお皿に向かって返していました。それから彼に「昨日AKBINGO見たぜ」と伝えると手に持っていたフォークがピタリと止まり、1~ 2秒後にパッと顔を上げ、「店長見たんですか!」と初めて私の目を見ながら会話してくれました。
「やったぜベイビー!!」、私は心の中でそう叫んでいました。その後は普通に番組の内容に触れてみたり、「僕の推しメンはまりこさまなんだけど娘からはDDって言われる」と言うような会話をしたと思います。それ以降は出勤すると彼の方から挨拶をしてくれたり、AKBの握手会の話など自分からどんどんアウトプットしてくれるようになりました。また周りの皆さんからは彼は明るくなったと言っていただき、とても嬉しかったのを覚えています。
大切なのは相手の価値観を共有すること、相手が大切だと思っていることを自分も同様に大切にしていくことです。自分が受け入れた分しか相手も受け入れていただけない、言い換えると自分が心を開いた分は相手も必ず心を開いてくれるということです。
彼は今までより楽しく仕事ができるようになったと思います。本当によかったです。